酔いどれるん

それでも 生きてみよう!!

酔いどれるん 目線か視線か??
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個別記事の管理2013-03-21 (Thu)
辞書で調べてみると目線と視線の違いが解るかなぁ~??


 
目線とは
[eye direction],[lay one's eyes on]

【目を向ける意識】

相手を視るのではなく、存在(「立ち位置」など)を主張すること。被役者(見られる側=見せる側)が、目力で相手と向き合う線。

「カメラ目線」などの演出用語として生まれた言葉。使役者(指導者)が、被役者(実演者)の目線(立ち位置)をコントロールすることにはじまり、被役者(実演者)の主張内容だけでなく、ある立場における主張内容を意味するようになった。そして、立場を明示していない言動についても、被役者の位置付けを抽出するために、注目者(判別者)が使うようになった。注目者(鑑賞者)が、使役者(創造者)を借りて、被役者(演技者)に立ち位置を強いるような、非現実的イメージを解釈する場合もある。

注目者(見る側=魅せられる側)ではなく、被役者(見られる側=魅せる側)からの位相。
ア.相手に目を向ける起点を位置づける場合。(〇〇から目線)
イ.想定する役柄に扮した意識を位置づける場合。(誰々目線)
注目者(鑑賞者)が被役者(演技者)を非現実的に解釈するイメージ。
Ex.エロ目線→実際はエロ視線との混同の場合が多い。感情は「視線」で表現するのが基本。
「キャラクター特性」や「観点」を目線という表現に置き換えたもの。
Ex.ツンデレ目線、法律目線、
脳の反応状況が表面化した目の動き。(上目遣い、見下ろし、右流し目、左流し目などの仕草)
交通路の往き先への方線(北目線、南目線)

視線とは
[view direction],[visual line]

及ぶ視力が直伸する線。

【気持ちが求める眼の方向】 → 心理学の対象になる。

主体が見ている対象と眼点を結ぶ線。
見ている側から注目対象への目付き(表情)。
注目を受ける側から見られている側への目付き(表情)。




( ̄。 ̄)ホォー


そういう違いがあるのかぁ~??



目線と視線には 何となくだけど 大きな違いがあると私は思っている。


簡単に言うと 目線は良いイメージで視線はつく言葉によって 違ってくる悪いイメージがある。


子供の目線に立つとか相手の目線に合わせるとか 目線って大事だと思う。


父が兄弟の事を言うので 父の目線に立ち 父のこんがらかっている 気持ちを解放すように父の話に耳を傾ける。


父は10年前母と死に別れし その後 一人暮らしをしていた。


あの頃 10年前と言えば りょうちんがまだ8歳である。りょうちんとは4人の息子の末っ子だ。


小学3年か4年だったと思う。


父にかまう余裕などなかった。弟は私より一つ下で弟は私より二年ほど後に結婚し 私と同じように4人の子供を育てていた。


年後だったので 私はすぐ姉として扱われ 小さい時等はおねーちゃんなんだからと言われ育ち

人一倍母親を恋しがっていた。弟に母のすべてをうばわれている気がしながら成長した。


小さい時に起きた最悪な事件を今でも覚えている。

一軒家に引越して、すぐに生まれた妹は 本当に可愛かった。待ち望んでいた女の子だったし、何より味方が出来た気がした。

ある日 いつものようにお金の事で親が大喧嘩をしていた。もーーー別れる。と言うのである。


大声で二人が言い合っているのを不安に思い。


私はじっと耐えていた。


すると 母はおもむろに 生まれて間もない妹をおんぶし弟の手をひいて 雨の中を出て行こうとしたのである。


私は・・・・・・。


手を握ってもらえず 父側に立ち 大泣きをした。


仲良くして 出て行かないで そう訴えた。


母は雨の中 ぐるりと何処かに行き すぐに戻って来てはくれたけど 私は置いて行かれた事で心に傷として残っている。

一軒家に引っ越した頃は 小学3年生。何でも大抵の事は出来た。

料理が好きだった私は母の代わりにみんなの夕ご飯から洗濯 掃除とこなした。

母に気に入られたかったから 母に認めてもらいたかった。

でも 認めてもらう前に 家を出る事を選んだ。反抗期などはひどいものだった。

両親が嫌いだった。私の事を認めてくれない親が大嫌いだった。

しかし 家庭に飢えていた私は 家族と言うものに凄い思い入れがある。

一番大切にしたいものだからだ。


それから 時が立ち 母の目線に立てる年齢になってきた。

自分が結婚をした時の両親の年齢になって来ているからだ。


母が私の手を握らなかったのは 父が一人では可愛そうだと私を残したのだろう。

母の気持ちは理解できないが 目線で考える事は出来る。

母もいっぱいいっぱいだったんだろう。

それぞれの家庭を持ち それぞれ当然 生きている。

しかし 度々 喧嘩はあったものの 何とか 兄弟家族と仲良く暮らしている。

私にとっては 大切な家族だから・・・・。




私は共働き 夫婦で夜勤をこなしていた。弟も同じように共働きをし 妻はパートで独身時代から同じ職場で今も働き続けている。

そんな中で 近くに住んでいた弟は母も父も近くにいて してくれていたんだと思う。


父はお金を弟に取られると言っていた。でも 父はすでにおかしかったので 父の言う事は適当に聞いていた。

私は弟がお金を取っているわけないじゃん。と言い続けた。


父は通帳を弟から返してもらっていた。


お金は無くなって無いじゃんと言っても 父は聞き入れられない様子だった。

隣近所に暴言を吐き 警察や市役所で怒鳴り散らした。

頭はマックスにおかしかった。

弟にその事実を話しても聞き入れてもらえず 「お前が父に変な事を吹きこんで俺らが仲良くやっているのを壊しているんだろう!!!」

と言われた。


2時間近くかかる実家に毎週足を運び 父の変な様子がよく理解できたので これではいけないと 実家の近くの介護福祉の人に相談したりした。

弟に頼もうと思い電話したが「お前がやりゃーーーいいじゃん。2時間かけてやれよ!!俺は今まで大変だったんだ!!お前がやれよ」と頼む事も出来なかった。

私は病休中 父は脳梗塞&認知症の症状があり 二人でこんがらかったけれど とりあえず 父を救出する事にした。

実は その頃 私は 父を見捨てる事が出来なくて 家庭を捨てて父と暮らす覚悟をしていた。

父もお前がここに住んで 俺と一緒にいろと言っていたから・・・・・。

その相談をケンさんにすると ケンさんは家に連れてくれば良いじゃん。

サトシさんが嫌じゃなかったら みんなと暮らせば良いよと言ってくれた。


夫の理解と子供たちの理解が無ければ 父を家に来させたくても出来なかった。


私の作り上げてきた家庭はとても優しかった。


私は父のこんがらかった頭の復興に自分を重ねながら 自分の復興もしていると思っている。



二人ともこんがらかっているので ゆっくり 二人のペースでそのこんがらかっている気持ちを時解くのである。


根気がいりかなりめんどくさい作業だ。

でも 毎日の生活で折り合いをつけたいと考えている。


私にもサトシさんにも時間が無いかもしれない。そう思っているからだ。


サトシさんは寿命と言う時間 私にはサトシさんと取り戻すべく親子関係の時間だ。


リビングからの風景


ぐしゃぐしゃなリビングで寝ころぶと 私が産婦人科に就職した時 母から買ってもらった机がある。


そこには 私の自慢の母と唯一自慢の看護師の免許と すごい自慢のケンさんの写真が飾られている。


父が寝ころぶと 母が見えるようにセッティングしている。


私も身体が震え 身動きできない時 寝ころんで 母に助けを乞うために母の写真を拡大している。



父は8人兄弟の下から2番目 兄弟は皆 亡くなっている。父の話す言葉は父の兄弟の事や父自身の両親の話が主だ。


私は父に母と過ごした時間や弟と妹と家族だった事を忘れて欲しくないので 寝室には家族の写真を飾っている。


きっと 少しずつ忘れてしまうんだろうけど 最近は失禁が多くなり 歯磨きも点検しないといけないような手間がある。


競艇に毎週行っていた私


最近は付き合うのもしんどくなってきた。


ゆっくりだけど 出来る事だけだけど やれる事に感謝している。


私は父の子供で良かったよ。かぁーさん ごめんね。私じゃ役不足でまだまだだけど・・・・・。



見守っていてね。




桜子の目線



あくまでるんの目線なので悪しからず!!

(*⌒-⌒)v

Theme : *感謝そしてありがとう* * Genre : 日記 * Category : 思い出
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おっぽちゃんへ * by るん
v-238ありがとう!!
おっぽちゃんの言葉で救われるよ。サトシさんは気にするな!
関係ないんだよ。って言っている。
毎日 看ているのは私なのに、外野はうるさいね。
ケンさんは一人っ子なので何ら問題はなかったけど、私の場合は3人兄弟だからメンドクサイ!!!!
遠くて何もしてあげれない妹のこと。結婚相手の親に手紙を書いたら 妹に対処してと言われてね。私にできることはないもないんだ。って思って何も言わないようにしてるの。
お酒は飲んじゃいけないって言われてるんだけど、何となくモヤモヤして 少しだけ呑んじゃってます。
仕方ないよね。できることとできないことがあるもん。
子供だってまだまだ手がかかるのよ。
りょうちんは18歳だもん。弟や妹は私が父の世話をしているから
十分楽してると思うよ!
楽じゃないのに…。るんは…。
おっぽちゃんのリース 作るの楽しかったよ!!!
また、作りたいって思ってますぅーーー!
ももちゃんに作り方 習うんだぁーー!早く 色んな事を覚えてくれないかなぁーー???って思っているのよ。
娘は優しくていいね。
細かいことも気がつくし、おっぽちゃんも娘がいて良かったね。
沢山幸せを感じてね。

おっぽちゃん ありがとう!!
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

今日もリース見てます * by オッポ
るんちゃん、今日もリース見てるよ。
遠くから見ていると、黄色い大きな花がインパクトが
あって、なんか希望を感じます。
でも、小さなバラの花も可愛いし、とっても気に入ってます。

るんちゃんも色々あったんだね。
自分の親や兄弟も大切だよね。
オッポの家は兄弟は若いうちから離れ離れだったし
親類からは疎遠な親子と思われたかもしれないけれど
案外そうでもなくて、母の亡くなった後はよく兄弟会やって
旅行にも行ったけど、旅行も死んだ兄が行こうと言って、
なんか死ぬことが分かっていたのかなんて、今になると
思ったりします。 娘は義母にわたしの悪口を言われると
傷ついて、わたしが元夫のことを悪く言うと傷つくと言います。
だからか、娘は結婚した家庭をとても大切にして幸せそうです。
オッポも年取ってきて思うんだけど、義母の年齢で娘や息子を
育てるのは本当に大変だったと思い、あの時は仕方なかった
と思うけど、義父や義母の人生、子供達の人生も巻き込んで
しまって、本当にすまなかったと思っています。

るんちゃんがお父さんを思うこと、一人暮らしのお父さんを
放っておけなかった気持ち、よく解かるし、解かっていても
なかなか出来ないこともあるのに、お父さんは一人暮らしより
ずっと素晴らしい生活をしていると思います。
るんちゃんが思うように生活出来ればいいなと思います。
るんちゃんはるんちゃんらしく生きていければいいなと思います。



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